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神戸地方裁判所 昭和48年(行ウ)16号 判決

原告 鹿間幸一

被告 高砂市長

主文

被告が昭和四八年三月三一日付で原告に対してなした高消許第四六三号給油取扱所の許可処分は存在し、かつその効力を有することを確認する。

原告が被告に対し、前項の許可処分につき隣接住民の同意書を提出する義務の存在しないことを確認する。

原告が昭和四八年三月三〇日になした給油取扱所内に設置する灯油専用の一般取扱所の設置許可申請に対し、被告が何らかの処分をしないのは違法であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的

主文と同旨

2  請求の趣旨第一項(主文第一項同旨)につき予備的

原告が昭和四八年三月三〇日被告に対してなした給油取扱所の変更許可申請につき、被告が何らかの処分をしないのは違法であることを確認する。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三二年三月三一日高消許第三二号給油場の許可を得ていたが、昭和四八年三月初め頃被告に対し、消防法一一条一項に基づき給油取扱所変更許可申請をしたところ、同月三〇日右申請は受理され、同月三一日付で被告より高消許第四六三号給油取扱所として変更許可処分がなされた(以下、それぞれ、本件変更許可申請、本件変更許可処分という。)。

しかるに、被告は本件変更許可処分が不存在で、その効力を有しないと主張する。

よつて、原告は、主位的に、本件変更許可処分が存在し、かつその効力を有することの確認を求める。

2  仮に、本件変更許可処分が存在しないとすれば、被告は本件変更許可申請に対する処分を留保していることになるが、この場合、被告としては右許可申請に対し消防法により政令で定める技術上の基準に適合するか否かを審査するに必要な相当の期間を経過した場合には何らかの応答行為をなすべきであり、すでに右相当期間を経過しているから、被告が現在まで右申請に対する処分を留保していることは違法である。

よつて、原告は、予備的に、本件変更許可申請に対する不作為の違法確認を求める。

3  ところで、本件変更許可処分には何らの附款も特約も存在せず、仮に、原告が被告に対して隣接住民の給油取扱所の変更に同意する旨の書面(以下、隣接住民の同意書という。)を提出することを要するとの附款ないしは特約(以下、それぞれ、本件附款、本件特約という。)が存在するとしても、いずれも以下の理由により無効であるから、原告が被告に対して隣接住民の同意書を提出する義務はない。

(一) 本件附款は消防法一一条二項に違反し、重大かつ明白な瑕疵ある処分である。

すなわち、危険物取扱所設置、変更許可は警察許可であるが、右の許可は消防法一条の目的に従つて同法一〇条の不作為下命を同法一一条で解除する許可である。

ところで、消防法一一条二項は、市町村長等は、危険物取扱所の設置、変更許可申請に対し、その位置、構造及び設備が政令で定める技術上の基準に適合するときは、許可を与えなければならない旨を定めており、右の規定は、危険物取扱所の設置及び変更の公益性と技術上の基準に適合した場合の安全性を、消防法の見地から、社会公共の福祉の増進に資する目的にかなつているとして定められたものである。消防法上の不作為下命は、法律に根拠をもち、かつ消防法一条の目的の場合に必要最少限度の範囲内で認められるべきであり、給油取扱所の設置、変更許可処分に附款を付することができる根拠はない。

したがつて、本件変更許可処分は、被告の自由裁量処分ではなくて、許可が義務づけられている覊束処分であるから、本件附款を付することは許されない。

(二) 本件附款及び特約は、被告が原告に対し、隣接住民が、その家屋等に火災の危険を生ぜしめられ、環境を破壊され、生命や生存権を脅かされることに同意した書面の提出を要求するものであるが、右の如き附款は憲法一三条、二五条に違反し重大かつ明白な瑕疵ある処分であり、また、右の如き合意も憲法一三条、二五条の趣旨に背馳し、公序良俗に反する合意である。

(三) 本件附款は、附款の性質に違反し、重大かつ明白な瑕疵ある処分である。

すなわち、原告は、本件変更許可処分が昭和四八年三月三一日付無条件でなされたとして、右許可書の写しを既存給油所型式変更工事着工開始届に添付して大阪通商産業局長宛に提出し、昭和四七年度の可搬式給油所を固定式給油所に変更する枠を得て、その変更工事を認められていた。

ところで、隣接住民の同意書の提出を要求する本件附款は、主たる行政処分である本件変更許可処分後に付されたもので、既に発生していた法律関係を附款によつて廃棄せしめるが如き効果を生ぜしめることは、もはや附款の性質をこえたものであるから許されない。

しかるに、被告は、仮に本件変更許可処分が存在し、その効力を有するとしても、右処分には本件附款及び特約が付されており、しかもそれらは有効であるから原告には隣接住民の同意書を提出する義務があると主張する。

よつて、原告は、本件変更許可処分につき隣接住民の同意書を提出する義務の存在しないことの確認を求める。

4  原告は、昭和四八年三月三〇日被告に対し、消防法一一条一項に基づき、本件変更許可申請に対する許可処分後の給油取扱所内に設置する灯油専用の一般取扱所の設置許可申請(以下、本件設置許可申請という。)をしたところ、同日右申請は受理されたが、被告は、右申請に対する処分を留保している。

しかし、被告は、本件設置許可申請に対し、消防法により、政令で定める技術上の基準に適合するか否かを審査するに必要な相当の期間を経過した場合には何らかの応答行為をなすべきであり、すでに右相当期間を経過しているから、被告が現在まで右申請に対する処分を留保していることは違法である。

よつて、原告は、本件設置許可申請に対する不作為の違法確認を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1のうち、被告が本件変更許可処分をしたことは否認し、その余は認める。

被告は、三菱石油株式会社大阪支店から、本件変更許可処分の許可書の交付は後日でよいが、昭和四七年度中に通商産業局長宛に昭和四八年三月三一日付許可書の写しを提出する必要があるので、写しを一部ほしいと依頼され、同年四月六日、隣接住民の同意書の提出があるまでは許可処分が成立しないことの確認をとつたうえで、単に許可書の写しを作成する目的で昭和四八年三月三一日付の許可書を作成し、右三菱石油にその写しを交付したものであつて、原告にはその写しさえ交付していない。

また、被告は原告に対し、隣接住民の同意書の提出があるまでは本件変更許可処分の効力が発生しないことを通知しており、未だ原告から右同意書の提出がない。

したがつて、本件変更許可処分は未だ存在していないし、その効力も発生していない。

2  同2は否認する。

被告は、原告が隣接住民の同意書を提出すれば本件変更許可申請に対する処分をする予定であるが、原告は正当な理由もないのにその履行をしないので、右同意書の提出があるまで、被告が本件変更許可申請に対し処分を留保していることは正当である。

3  同3のうち、本件変更許可処分の許可書の写しが給油所着工報告書に添付され、大阪通商産業局長宛提出されたこと、被告が本件変更許可処分が存在し、その効力を有するとしても、右処分には本件附款及び特約が付されており、しかも、それらは有効であるから原告には隣接住民の同意書を提出する義務があると主張していることは認めるが、その余は否認する。

本件変更許可処分には隣接住民の同意書を提出することを条件ないしは負担とする本件附款及び特約が存在し、それらは有効であるから、原告は被告に対し、隣接住民の同意書を提出する義務がある。ところで、本件附款及び特約の成立経過は、原告が本件変更許可処分を受けるにあたり、昭和四八年三月三〇日付申入書を作成し、被告に対して隣接住民の同意書を提出することを確約し、また、原告代理人三菱石油株式会社が本件変更許可処分の許可書の写しを受領するにあたり同年四月六日付念書を差入れ、被告に対して右と同旨の誓約をしたことによるものである。

また、給油取扱所の設置及び本件のように取扱数量の増大をもたらす変更は、不注意による火災、爆発等の危険、出入の各種自動車数の増加による排気ガスのための空気汚染、騒音、その他交通事故の危険等の急増を伴ない、ひいては、地域住民、殊に、隣接住民の生活環境の急激な悪化をもたらすことは必然的であるが、消防法は、右のような環境保護については何らの考慮も払つていない。しかし、給油取扱所が技術上の基準に適合している限り、隣接地に保育所、幼稚園、病院等があろうと、また、人家密集地であろうと、被告が給油所の設置、変更の許可をしなければならないということは不当である。そこで、被告は、こうした不都合を避けるため本件において、原告に対して隣接住民の石原誠一と話合い、その同意書を得させることにより、憲法上の要請である環境保全の責務を果たそうとしたのであるから、本件附款及び特約は法的に許されるものである。仮に、一方的に附款を付することができないとしても、許可申請人の承認ないし同意がある場合は、隣接住民の同意書の提出を附款とすることは許されるものというべきところ、原告は前記のとおり自ら及び代理人により被告に対し、隣接住民の同意書の提出を約していたのであるから、この点においても本件附款は適法である。

4  同4のうち、原告が昭和四八年三月三〇日、被告に対し、消防法一一条一項に基づき本件設置許可申請をしたところ、同日右申請は受理され、被告が右申請に対する処分を留保していることは認めるが、その余は否認する。

本件変更許可処分には前記のとおり本件附款及び特約が付されており、しかも、それらは前記のとおり適法、有効であるから、被告は、原告が隣接住民である石原誠一の同意書を得次第、本件変更許可処分を前提とする本件設置認可申請に対し、許可処分をする予定であるが、原告は、正当な理由もないのに本件附款及び特約を履行しないのであるから、右同意書の提出があるまで被告が本件設置許可申請に対し処分を留保していることは正当である。

三  被告の主張に対する原告の反論

原告が被告に対し、隣接住民の同意書の提出を確約したことはない。また、原告が三菱石油株式会社に対し、本件設置、変更許可申請手続に関する代理権を授与したことはないから、右三菱石油がいかなる念書を被告に差入れたかは原告の関知するところではない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告が、昭和三二年三月三一日高消許第三二号給湯場の許可を得ていたが、昭和四八年三月初め頃被告に対し、消防法一一条一項に基づき本件変更許可申請をしたところ、同月三〇日右申請が受理されたことは当事者間に争いがない。

二  まづ、本件変更許可処分の存否及び効力の点に争いがあるので、この点につき判断する。

成立に争いのない甲第一一号証の四、第一二号証、乙第一六号証、証人若宮元、同龍本定一の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、被告(主管・高砂市消防本部)が本件変更許可申請に対し昭和四八年四月六日、遡及した日付である同年三月三一日付で高消許第四六三号給油取扱所とした本件変更許可書の原本とその写し(甲第一一号証の四)を作成し、原告の元売り会社である三菱石油株式会社大阪支店の千家課長の写しを交付したことが認められ右の写しがその後大阪通商産業局長宛に提出されたことは当事者間に争いがない。

ところで、行政処分は、行政機関の内部的な意思決定があつただけでは未だ成立したものとはいえないが、その意思が外部に表示された場合にはそのときに当該行政処分は成立し(なお、行政処分が書面によつて表示されたときは要式行為であると否とを問わず書面の作成によつて行政処分は成立する。)、相手方が現実にその意思表示を了知し又はその意思表示が相手方の了知しうべき状態におかれたときに効力を生じるものと解すべきである。

そうすると、右の事実によれば、本件変更許可処分は昭和四八年四月六日前記許可書の原本の作成によつて成立し、右許可書の原本の備付ないしはその写しの交付によつて原告の了知しうべき状態におかれ、その効力を生じたものと認めるのが相当である。

三  次に、本件変更許可処分の附款及び特約の存否の点に争いがあるので、この点につき判断する。

1  被告は、原告自ら及び原告代理人三菱石油株式会社が隣接住民の同意書を提出する旨の本件特約をなしたと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足る証拠はなく、かえつて、証人若宮元、同龍本定一の各証言によれば、原告は本件変更許可処分の前後を通じ被告から、隣接住民の同意書を提出すべきことを求められていたが、これを拒否していたこと及び原告は右三菱石油に対し、本件設置、変更許可申請手続に関する代理権を与えていなかつたことが認められるから、本件特約は不存在であると認めるのが相当である。

2  被告は、本件変更許可処分に本件附款が付されていると主張するので検討するに、前掲各証拠に証人若宮元、同龍本定一の各証言により真正に成立したと認められる乙第一号証を総合すると、次の各事実が認められ、他に左の認定に反する証拠はない。

(一)  被告は、昭和四五年以降、給油取扱所の設置、変更許可申請の際、事前に隣接住民の同意書を提出させていたので、昭和四八年三月三一日原告に対しても、隣接住民である石原誠一の同意書の提出が本件変更許可処分の条件になる旨連絡し、その提出を求めた。

(二)  被告は、三菱石油株式会社大阪支店を原告の代理人と考えて応対していたところ、右三菱石油及び同じく原告の元売り会社である兵庫県内海漁業協同組合連合会(以下、内海漁連という。)から、隣接住民の同意書を後日提出するから昭和四八年三月三一日付で本件変更許可処分をしてもらいたい旨の懇請を受けた。その理由は、原告が通商産業省から昭和四七年度の給油取扱所の変更の枠を得るためには、昭和四八年三月三一日までに本件変更許可処分が効力を生じていなければならなかつたからである。

(三)  そこで、被告は、昭和四八年四月六日が本件変更許可処分の許可書の写しを添付して大阪通商産業局長宛に昭和四七年度の前記変更の枠の申請手続をする最終日であつたので、三菱石油らの前記懇請により、例外的に隣接住民の同意書の提出がないまま許可することとし、右同日、同年三月三一日付で本件変更許可処分の許可書の原本とその写しを作成したが、その際、被告は、右写しの条件欄に隣接住民の同意書を提出すべき旨を記載すると前記変更の枠が流れてしまうので、その旨を記載しない代りに右許可書の写しと引換に、前記三菱石油大阪支店と内海漁連から連名で、「工事に関する被告指定隣接住民の同意書を提出するまで本件変更許可書の受理につき異議を申しません。云々」の念書(乙第一号証)を差入れさせ、原告に対し終始隣接住民である石原誠一の同意書を提出することを求めた。

ところで、行政行為の附款は必ずしも主たる行政行為と一体をなして表示されなければならないものではなく、何らかの形で表示されれば成立したものと解されるところ、右の事実を総合すれば、被告は、前記念書を差入れさせ、原告に隣接住民の同意書の提出を求めることによつて、隣接住民である石原誠一の同意書の提出を附款とした旨を原告に告知したと解さざるをえないので、本件附款は存在するものと認めなければならない。

四  次に、本件附款の効力の点に争いがあるので、この点につき判断する。

危険物取扱所の設置、変更許可処分は、消防法上の禁止(不作為下命)を解除し、営業の自由を回復させる警察許可処分であり、消防法一一条二項の規定の趣旨からみて、裁量を容れる余地のない覊束行為に属するものといわなければならない。

したがつて、市町村長等が右の許可を与えるべきか否かは、もつぱら「政令に定める技術上の基準」に適合しているか否かを基準として客観的に判断すべきであつて、右の基準に適合するものであるときは必ず許可を与えなければならない義務を負うものであり、右の許可に際し附款を付することは許されない。

本件の場合、成立に争いのない乙第一七号証、証人若宮元、同龍本定一の各証言により、原告の本件固定式給油取扱所の位置、構造及び設置が危険物の規制に関する政令で定める技術上の基準に適合していることが認められるから、本件附款は消防法一一条二項に違反し、重大かつ明白な瑕疵ある無効な処分といわなければならない。

被告は、環境保全のためには消防法上本件附款を付し得ると主張するが、消防法上その根拠はなく、本件変更許可処分は他の法令による禁止、制約とは無関係であり、裁量権の範囲を拡大するが如き被告の法的解釈は許されない。

以上により、原告には隣接住民の同意書を提出する義務が存在しないことは明らかである。

五  次に、原告が昭和四八年三月三〇日被告に対し、消防法一一条一項に基づき本件設置許可申請をしたところ、同日右申請は受理されたが、被告が右申請に対する処分を留保していることは当事者間に争いがないので、被告の右不作為の適否につき判断する。

行政事件訴訟法三条五項にいう「相当の期間」とは、行政行為の種類、内容、性質等により異なり一概には決せられないが、本件事案では、被告において行政庁として通常要求される注意義務を尽くして調査、検討するならば、その期間内に消防法一〇条四項による危険物の規制に関する政令で定める技術上の基準に適合するか否かについて正当な判断を得、本件設置許可申請に対する応答をすることができると通常解される期間を指すものと解するのが相当である。

本件では、原告が速やかに営業をする利益や必要があり、また、憲法が国民に職業選択の自由を保障していることからすれば、被告は、相当の期間内に右の調査、検討、判断、応答をなすべき法的義務を負うものである。

そして、証人若宮元の証言によると、前記の技術上の基準に適合するか否かの審査には一週間以上必要であるが、事実により一〇日間か一五日間あれば審査を終了し、許可すべきか否かの判断をなしうることが認められるから、これに事務的処理に必要な期間を加えた期間を経過したときに、被告は何らかの応答行為をすべきであつたし、仮に、本件附款及び特約の存否並びに効力について調査、検討したとしても、用いるべき注意義務を尽くしたならば、本訴の最終口頭弁論期日である昭和五〇年七月二五日までに、正当な判断をすることは充分可能であつたと解される。

そうだとすれば、被告が二年以上もの間本件設置許可申請に対し何らの応答行為をしないことについては充分な合理的理由がなく、違法たることを免れない。

六  よつて、その余の点について判断するまでもなく原告の主位的各請求はいずれも正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 下郡山信夫 野田殷稔 笹村将文)

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